2018`7/29(日)稲毛 K's Dream

hajimecobain PRESENTS

"SKY`S THE LIMIT vol.25"

-Dr.DOWNER「Goodbye, bright city」TOUR-

TIME
OPEN : 17:00 / START 17:30
PRICE
ADV : ¥2,000 / DOOR : ¥2,300
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【B1 BAND】
ゆーの(東京)
Dr.DOWNER(横須賀)
batta(東京)
ATOMS(千葉)

Andare(東京)

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【1F ACO】
石井卓(石井卓とジョン中村)
やまゆう
阿部浩二

full full full

=about ゆーの=

2009年 ゆーの結成

2010年 北イタリア最大級の野外フェス「fesata radio onda k’urto 2010」に日本人初として出演。海外アーティスト、BUZZCOCKS、NOFXらとも共演。

2013年 O-CREST店長 室氏主催のムロフェス、アルカラ主催のネコフェスに出演

2015年 アルカラ主催のネコフェスに再度出演。

2017年 それから約二年の時をかけてVo&AgとBaとDrという3人形態でのアルバム「不機嫌な日々」を制作。

=about Dr.DOWNER=

2002年か2003年頃にオレ、猪股ヨウスケと高橋ケイタと現チョモランマトマトのドラマー、大工原幹雄の三人で横須賀中心に活動していたとても態度の悪いバンドが解散し、同じ過ちを犯さぬようオレはすげえ良いヤツそうだった椎名ユウスケ(通称ナーシー)とそんな良いヤツじゃなさそうだったけど地元横須賀のライブハウスでいつも泥酔していた星野サトシを誘って2003年か2004年頃にドクターダウナー開始した。当時はオレはベースボーカルで星野はギター。
結成してすぐに「4ディメンションジェネレーション」っていう4曲入りのカセットテープを作ってライブで売ったらなんか割とすぐ売り切れた、オレも持ってない。欲しいので誰かください。
そしてオレ(Ba)、星野(Gt)、ナーシー(Dr)体制で一年間やって、二年目からドラムが現ドラマーの小石に変わった。まあ色々あった。オレ(Ba)、星野(Gt)、小石(Dr)体制でバンドの二年目が始まり、元々小石も10代の頃から地元のバンド仲間だったので三人で居酒屋に行く事が増え、あんまりライブやってなかったけどそれはそれで楽しかった。
そして三年目に高橋ケイタ通称けいちゃんからオレと一緒にやっていたバンドが解散した後入ったバンドが解散するって話を聞いてウチ入らない?って言ったら入ることになりそこからオレ(Ba)、星野(Gt)、ケイタ(Gt)、小石(Dr)体制が始まった。そのぐらいで「向こう側のレディオガール」ってミニアルバムを作った。これももうなくてオレも持ってない。誰かください。
そんでそのあとにディープアジカンファンなら名前知っていると思うけどキャラメルマンってバンドとドクターダウナー面、キャラメルマン面、って感じでA面とB面を分けた「Phantom of the Punk Rock」って名前のカセットテープを出した。これももうすぐ売り切れてオレも欲しい。
そんでひたすらライブやっていたかな〜。その間にオレはLINKというバンドでギターを弾いていて自分のバンドとは別の色々な世界を垣間みた。
そしてそのLINKを辞めたぐらいの時にENDZWECKっていうハードコアバンドのドラムのウチュウさんっていう人がやってるコズミックノートっていうレーベルから「スーサイドソルジャーマン26」っていうミニアルバムを出した。レコーディングした時オレは26歳だった。リリースしてツアーした時は27歳だった。
それを出した少し後に「Rockn'Roll難民」っていうカセットテープをまた出した。これはオレも持ってます。オレがベースボーカルの最後の音源になったし、多分そうなるだろうなと思って作った。
そして2010年からオレはベースボーカルからギターボーカルに変わった。ある日のスタジオでオレがいきなり、星野に今度からベースgやってくんねえ?って言ってオレと星野のパートが変わったんだけどまあ普通に色々やべえよな。今考えると暴君にも程があると思ったけど当時はバンドを持続させるにはどうしたら良いんだろうってクソ悩んだ結果がそれだった。
そして、オレ(Gt)、ケイタ(Gt)、星野(Ba)、小石(Dr)体制が始まった。この体制になった直後に作ったデモが「さよならティーンエイジ」だったんだけど、なりゆきでそれの歌録りとミックスがアジカンの後藤さんになって、オレの認識は地元の同じスタジオで練習していた年上のバンド仲間、星野と小石の大学の先輩、それが後藤さんだったんだけど、やはり影響力ものすげー!って思った実際。
そして我々ドクターダウナーはJロックの戦場に飛び込んで行きました。そこで「ライジング」ってアルバムと「幻想のマボロシ」ってアルバムを後藤Pで録った。そんでやっぱそのあとに「melancholy ondo.EP」というカセットテープを出しました。もはやカセットは定番です、定番にしたい。
そして2015年の秋頃に行われたバンド会議の結果、ギターの高橋ケイタが辞めると言ったので2016年4月からはオレ(Gt)、星野(Ba)、小石(Dr)体制でやることになった。この体制でまた戦場に戻ります。十年ぶりぐらいに三人に戻った。けど当時はオレベースボーカルだし星野ギターだし、どうなっちゃうのか分かんないけどそれが今のオレたちです、よろしく。

=about batta=

■2015 所属事務所を離れ、メンバー4人での活動を選択。
■2016 6月、TVアニメ「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」の2クール目OPテーマソングに新曲「chase」の起用、メジャー1stシングル「chase」のリリースを発表。
・7月、メジャーデビューシングル「chase」をワーナーブラザースエンターテイメントより発売。
・8月、さいたまスーパーアリーナで開催された「Animelo Summer Live 2016 刻 -TOKI-」に出演。
・9月~11月、初のワンマンライブツアー「batta GIGS 2016~群像~」を東京・埼玉・大阪の3か所で開催。
■2017・4月、bassシノハラアサトの脱退を発表。
・5月、サポートbassistにtakashiishiwataを迎える。同月、主催企画「admiration」を下北沢club Queにてスタートする。
・11月、主催企画「admiration」ワンマン編を下北沢club Queにて開催。
■2018
・3月5日、新譜発売日2日前にタワーレコード渋谷店B1F、CUTUP STUDIOにて先行販売インストアライブを開催。
・3月7日、ニューシングル「哀しみに唾を吐いて」発売。タワーレコード渋谷店デイリー総合チャートにて1位獲得。

=about ATOMS=

Gt/Chorus 諏佐 悠季

Vo/Guitar 鈴木 大揮

Ba/Chorus 大脇 健吾

Dr/Chorus 小泉 ポール 典子

2016年結成

=about 阿部浩二=

1986年生まれ
四国、松山で19歳までなんとなく育つ
その後、上京。
ギターを片手に世界中を旅する
ストリートミュージシャンになる

現在は東京を拠点に年間約200本にも及ぶライブ活動を
ヒッチハイクなどで移動しながら全国各地で行っている

ライブのない日も毎日ストリートライブを行い
投げ銭と手売りCDの売り上げのみで生活している
今まで手売りだけで売り上げた
自主制作CDは5000枚以上になる

「吉祥寺STAR PINE’S CAFE」
「代官山・晴れたら空に豆まいて」
「池袋・鈴ん小屋」
「吉祥寺・曼荼羅(まんだら)」
などの会場で定期的にワンマンライブをおこない
全ての会場でソールドアウトさせる

2018年1月21日(日曜)、
「品川・きゅりあん小ホール」にて
初のホールワンマンライブをおこない
340名動員の大盛況で終える

TAIL RACORDより全国リリース決定!!!

=about full full full=

2006年LISTEN UPを結成。7枚のCDを全国へリリース。

single「春の声」はTOWER RECORDS Indies 全国セールスチャート【第1位】を記録。

川崎CLUB CITTA’でのワンマンライブを成功させる。

2012年11月11日、LISTEN UPの活動を休止。

プロジェクト名を「full full full」とし、弾き語り、バンド編成でソロ活動を開始する。

=about Andare=

ex.国吉亜耶子and西川真吾Duo

2016年8月25日

国吉亜耶子and西川真吾Duoに、新たな風を吹き込むべく”Andare”に改名し再出発。
今までのふたりだけの世界観はもちろん、これからは様々な人々、楽器とのコラボレーションにも積極的に取り組んで行く。(行けたらいいな。という願望も込めて。)

うたと、ピアノと、ドラムで描く世界。
国吉のピアノに西川のドラム、この2つの音が伴奏になり、メロディーになりリズムになり、国吉のうたが優しく、時に激しく、時には軽やかに全てを包む。
そして2人の世界が出来上がる。忘れかけていた懐かしい風景や思い出が心に蘇る。
1+1=無限大。唯一無二の音楽がここにあります